創業 転機
現在の地元である茨城県猿島郡境町に残しておいた退職金で小さな家と倉庫を建て
開業してからは地元の工務店様をしらみつぶしに回り
茨城県西・埼玉県北・栃木県南の取引先の開拓に走り回りました。
一日10件、20件
毎日祈りながらベニヤ板を積んで軽トラックを走らせていました。
何回も何回も訪問させていただいて
正直迷惑だったかもしれません。
何度お伺いしても
何件お伺いしても何も売れませんでした。
この時、私は「会社の力が私を倍増してくれていたんだ。謙虚に行こう」と気づきました。
しかし、正直しかとりえのない私です。
何十回か訪問するうちやっとの思いで初めてのお客様にお世話になることが出来ました。
初めての商いはベニヤ板を何枚かお買い上げいただきました。
今でもはっきり覚えており、本当に感謝させていただいております。
その後、ユニットバス、システムキッチン等の普及による時代の変化に対応するため
当社正社員によるユニットバス・システムキッチンの設置工事を開始。
メーカーの施工が当たり前の業界で工務店さまとのやり取り、融通の効く私たちの工事は好評でした。
当時工務店さまは
当社のような販売店>二次問屋>一次問屋>大手商社>メーカー
という複雑な経路を経てメーカーに工事を発注していました。
FAXもない時代です。現場で「しまった!ここの用意をしていなかった!」
というようなことがあると工事はストップ。大変な損害が出ます。
それはそのまま最終消費者であるお客様(お施主様)への負担となっていたようです。
そんな中、水道工事と設置工事を同時に行ううえに直接現場を確認できる距離であった当社の存在は
工務店様に重宝され喜んでいただいたようです。
今もこのシステムは当社の基本となっています。
工程の複雑な新築注文住宅はもちろんのこと
住みながら工事を行うため工期が短く、さらに想定外の事態が起きやすいリフォーム工事におきまして非常に喜んでいただけていると自負しております。
倒産の危機 原点へ お施主様の笑顔
さて幾多の苦労もありましたが業績が安定していた最中、
2004年~2005年にかけてでしょうか。順調そうに見えたお取引先様が相次ぎ倒産。
払ってもらえない売掛金が数千万円発生してしまいました。
当時の売り上げは2億円ほど、売り上げのごく一部しか利益が無いこの材木・建材業界。もうどうにもなりません。
どうなってしまうのだろう...
弁護士さんを含め何人もの方に相談を受けました。
しかし、解決の糸口は見えません。
こんなことは初めての経験、暗中模索、試行錯誤する中一社の社長さんが自分の土地を売りかけの代わりに頂けることになりました。
その土地を担保に金融機関から融資を受けることが出来るようになり当社は危機を脱したのです。
ホット一安心する中、感じたことがあります。
この激動の時代、お取引様の財務状況で生き死にが決まってしまうのにその財務状況を知るすべは無い。
ならば、豊富な現場の経験を生かして工務店業を始めてもいいのではないのか?
実はその十年ほど前から友人知人の紹介や求めに応じて工事をさせていただいていたのです。
その時の
「ありがとう!」
と言う言葉と、笑顔が忘れられませんでした。
お客様の笑顔を見て、生きていこう。
これが現在のオンリーワンハウス有徳の始まりです。
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